ジャニーズ事務所への入り方、一番多いのは… 

「気になるジャニーズの秘密を大公開」

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15日の「ビビット」(TBS系)で「気になるジャニーズの秘密を大公開」が放送された。TOKIO国分太一(42)が街行く人たちのジャニーズに対する素朴な疑問に答えるべく、事務所を取材。知られざる事実が明らかになった。

 ■「くん」と「さん」の境界線

 ジャニーズ事務所といえば、先輩・後輩関係なく、メンバーを呼ぶときは「くん」付けが基本。国分は「今は年齢もきたから東山(紀之)さんっていうようになったけど、先輩のバックについていたときには“東山くん”って言っていた」と振り返った。

 番組ではその“境界線”を調査。Mr.KINGの平野紫耀(20)、永瀬廉(18)、高橋海人(18)に先輩たちをどう呼ぶか確認すると、木村拓哉(44)は「木村くん」、中居正広(44)は「中居くん」と呼ぶことが判明。しかし佐藤アツヒロ(43)の場合は、平野が「くん」で、2人は「さん」と意見が別れた。東山、岡本健一(48)、城島茂(46)は3人が「さん」と口をそろえ、結果、同番組では1986年前に入所した先輩を「さん」、87年以降に入所した先輩を「くん」と呼ぶと結論付けた。

 ■どうやって事務所に入るの?

 街行く人たちが気になるジャニーズ事務所への入所。Jr.を取材したところ、もっとも多かったのが「自分で応募」(73%)。Snow Manの岩本照(24)は「小さいころから踊りをやっていて、将来、自分の踊りを生かして人前で誰かを感動させたりするのがジャニーズ事務所だって決めて、自分で志願して履歴書を送った」と回答。Travis Japanの七五三掛龍也(22)は、「2回くらい送って2年後ぐらいにオーディションの連絡がきた」と当時を振り返った。

 また、HiHi Jetの井上瑞稀(16)は「(履歴書を送った)当時、体操を習っていたんですよ。ジャニーズといえばバク転かなって思って、『バク転できます』と大きく書きました」と、履歴書で自身をアピールしたことを明かした。

 2番目に多かった答えがちまたでよく耳にする「家族や友人が応募」(23%)で、東京B少年の那須雄登(15)は「僕の場合は親戚が知らない間に履歴書を送ってくれていた」と説明。高橋は「僕はお母さんが勝手に送っていたパターン」、永瀬も「僕もお母さんですね」と続いた。ちなみに“取材者”の国分もこのパターンだといい、自身が中学1年のとき、光GENJIファンだった姉が履歴書を送って入所したという。

第3位は少数意見だったが、「ジャニー社長から『You、来ちゃいなよ!』といわれた」(4%)というパターン。HiHi Jetの猪狩蒼弥(14)は「僕は履歴書とかじゃなくて、ローラースケートをローラースケート場でやっていたら社長のほうから『くれば?』ということになったので、ぜひいかせてもらいました」とぶっちゃけ。平野も「僕はオーディションを受けていなくて、名古屋で習っていたダンススクールの先生の先生が昔、ジャニーズ事務所の振り付けをしていた方で、そこでたまたまジャニーさんにお会いすることになって、『You、来ちゃいなよ!』って言われて」と明かした。

 ■ジャニー社長ってどんな人?

 数々の伝説を持つジャニー喜多川社長(85)についてJr.メンバーが語った。平野によると、ジャニー社長はリハーサルを見すぎてしまい「飽きちゃったよ」と言い出すことがあり、結果、コンサートの内容が変わってしまうことがよくあるのだとう。高橋は「毎回、リハ中に社長の周りに人がたくさん集まっていると、ドキッとする」と話した。

 Sexy Zone佐藤勝利(20)はジャニー社長のプライベートな一面にについて言及した。入所間もないころ食事に同席し、焼き魚を食べたという佐藤。そこで「ダンスも歌もまだまだって言われましたけど、一緒に食事をしていて焼き魚が出てきて、きれいに骨だけにしたら、『Youは焼き魚の食べ方だけはうまいよ』って言われました。『東山の次にうまいよ』って(言われた)」と明かした。

 城島は大阪にあるホテルのレストランでステーキをごちそうになった際、ジャニー社長から名刺をもらい、「何かあったら電話ちょうだい」と言われたという。その時の名刺が「竹の皮だった。プレスしたような竹で」と明かし、V6の坂本昌行(46)、長野博(44)らを驚かせた。

 ■下積み時代は苦労の連続

 TOKIO山口達也(45)は下積み時代の知られざるエピソードを披露。ジャニーズ事務所の副業禁止に対し、当時の山口は「18歳になって高校卒業したのに収入がないのはおかしいと、事務所に文句を言いに行って、『働かせてくれ! そうしないと生きていけないから!』」と直談判したという。事務所から許可をもらったうえで、「(カメラの)フィルムをカメラ屋さんに取りに行って現像現場に渡して、現像された写真をまた写真屋さんに配るっていうバイトを(していた)。ネクタイ締めて」と告白。この事実に坂本は「全然知らなかった…」とビックリだ。

 国分は当時の山口を「テレビの収録で先輩のバックをやって合宿所に戻るでしょ。そうすると次の日の朝、スーツ着て『行ってきます』って言って」と説明。山口も「板橋までね。結構頑張ったよ『フジカラーです』って言って(笑)」と述べ、若かりしころの自分を懐かしんだ。2人のやりとりを聞いていた長野は「初耳、初耳」と驚きを隠さなかった。(zakzak編集部)

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